それ、認知症のせい?~急性期の認知症ケアはその人の今後を左右する~
記事執筆: 認知症看護認定看護師
那須 三和
- 目次
急性期の現場で起こっていること~私が実際に経験したこと~
皆さん、認知症の人にどんなイメージを抱いていますか?
ある調査(「認知症」に関する調査結果報告 株式会社公文研究会 2016)では、「介護が難しい」「迷惑をかける」といったネガティブな結果が上位を占めています。
ニュースでも高齢者の道路逆走、認知症の人が万引き、など悪いことばかりがクローズアップされています。
これではイメージが悪くても仕方ないなあと感じています。
普段、認知症の人へのケアを担う私たちにも、少なからずこのようなネガティブなイメージがあるのではないでしょうか。
そもそも私が認知症看護をもっと勉強したい、と思ったのは整形外科病棟での出来事がきっかけでした。
大腿骨頸部骨折で入院、手術をしたアルツハイマー型認知症の人を担当したときのことです。
手術後、安静の指示があったその人が「家に帰りたい」と立ち上がって動こうとしていました。
「今は家に帰れません」「危ないので動かないようにしてください」と何度も説明しましたが、ある時ベッドから降り、転倒してしまったのです。
転倒もそうですが、「家に帰りたい」という気持ちを聞かなかった、いや、聞いていたのにその声を無視してしまったことに対し、申し訳ない気持ちとともに後味の悪さを感じました。
再転倒しなければ、もっと早く家に帰ることができただろう、そして入院中は「家に帰りたい」と感じるのは当たり前なのに、どうしてその気持ちに対して何もしなかったんだろう、「○○しないで」ときつく言うだけだった自分の行動はどうだったのか・・と深く悩みました。
ここまではいかなくとも、このようなことは皆さんの周りでもたくさん起こっているのではないでしょうか。
どの現場も忙しいですが、急性期領域では特に「治療」に重点を置くため、やることが満載で、いつも時間に追われていたように思います。
その中で認知症の人へのケアをするなんて、と気が遠くなるかもしれません。私もそう思っていました。
「その人やその人の生活を知り、ケアに生かす」こととは?
この出来事がきっかけで、認知症について深く学びたいと考えるようになりました。
その後、縁があって精神科病院で働くことになりました。
精神科の認知症病棟では認知症の行動・心理症状の強い方が多く入院しています。
その中に意欲低下・うつ状態のAさんがいました。日中も横になっていることが多く、食事もほとんど摂らず、何か話しかけても返事が返ってきません。
私たちは何とか食事をとってもらいたいと、体を動かせるようにしたり、食形態を変えたり、分食にしたり、おやつを出してみたり、と工夫しましたが状態は変わらず、とうとう点滴か・・・とみんなが思ったときでした。
面会に来たご家族とお話する機会がありました。
食事のことをご相談したところ「あの人、すごくお酒が好きでね、昔からご飯は食べなかったんです。お酒とおつまみばっかり」と言われました。
よくよく聞くと、Aさんは以前、会社の営業職をしており、接待の飲み会も多かったとのこと。
もともと食は細く、あまりたくさんは召し上がらないことも教えてもらいました。
そのような食事に近づけることはできないか、と主治医やNSTのチームと相談し、カニのすり身で作った「したらば」と、素敵なコップにお茶を入れて(お酒じゃなくて残念ですが、さすがに病院なので)出してみました。
すると、少し戸惑った様子でしたがゆっくり手を伸ばし、手づかみで食べ、呑み込んでからにこっと笑ってくれたのです!
この時はすごくうれしくて、みんなで小さく「よっしゃ!」とガッツポーズしたのを覚えています。
すごく小さなことではありますが「その人やその人の生活を知り、ケアに生かす」ことで認知症の人の笑顔を引き出せた、私にとって忘れられない経験となりました。
「それ、認知症だから?」
認知症の人とかかわっていると、治療の妨げになるような行動がみられることがあります。
それらの症状は私たちの理解を超えることも多く「認知症だから」起こっていると考えられがちです。
しかし、認知症の人の行動にはその人なりの理由があることがほとんどです。
急性期ケア専門士公式テキストの中でも説明していますが、認知症の行動・心理症状は認知機能低下に様々な要因が加わって起こっています。
それを丁寧に観察し、ケアをすることが求められます。
例えば「食べない」ということ一つにしても病気の状態で食べられないのか、心配事があるのか、好きなものではないのか、等「なんでだろう?」と疑問に思うことからケアが始まっていきます。
「認知症だから」と決めつけず、まずはその人に聞いてみてください。
そして、病気の状態はどうか、認知機能はどうか、入院前の生活はどうだったのか、などの情報を集めてケアを考えていきましょう
すると「もしかしたら、苦痛がるかもしれない」「でも、うまく伝えられないかもしれないね」「家ではどんな生活をしていたのかな」というところから、「これなら食べてくれるかもしれない」「少し部屋に行く回数を増やして、話をしてみようかな」などとアセスメントとケアがどんどん出てきます。
私は、みんなで話しているこのような時間がとても楽しく、その中から「これやってみよう!」となる瞬間、一体感が生まれるような空気が大好きです。
なかなか正解が出ないこともありますが、その間もみんなで一緒にその人のことを考えているのがなんだか幸せです。
いろいろやってみた中にピタリとはまるものがあるとこれまた嬉しくて、小さくガッツポーズをしながら、また次に頑張る力をみんなからもらっています。
最後に
高齢者の増加に伴い、高齢者や認知症の人が急性期領域で治療を受けることが増えてきました。
スムーズに治療を受け、完全に回復しなくとも地域に戻り暮らしていけるのか、寝たきりになったりして今後の生活が一変してしまうのか、それには急性期のケアが大きくかかわってきます。
「認知症だから」とひとくくりにせず、その人の現在の症状や生活を見てケアを考えていく、そんなケアの担い手が増えたらいいな、と思っています。
急性期領域では処置などに追われて大変ですが、その中でも工夫を重ね、その人の笑顔を引き出せたときには「ほっ」としつつ温かい気持ちになると思います。
たくさんの人にそれを感じてもらえたらこんなにうれしいことはありません。
私は今、訪問看護師として地域で認知症の人を訪問しています。
訪問に行くと「待っててん!」と笑顔を見せてくれたり、植木鉢に花が咲いたことを一緒に喜んだり、帰りは「気いつけて帰りや。また来てな」と温かいやり取りをするたびに「幸せだなぁ」と感じます。
「その人が望む地域での暮らし」を守るためには、急性期領域のケア・在宅領域でのケアチームでの切れ目ない連携がとても大切です。
そのためにもまだまだ勉強をし続けなければと私も思っています。
急性期ケア専門士は急性期ケア・急変対応におけるスペシャリストです。
状態変化の兆候をいち早く察知し、アセスメントから初期対応、医師への報告など急性期におけるケアの実践を行えることを目指す資格です。
また、病院だけでなく地域医療に携わる医療スタッフの方にも、在宅時から基幹病院へ【命のバトンをなめらかに】つなぐために実践できるノウハウを習得できます。
もしもの時の対処に自信がない方や、急変対応をもっと深く学びたい方は、ぜひ受験をご検討ください。